“強くある美しさ”を軸に。30周年を迎えた『刃牙』の新たな魅力を引き出す、年間プロモーション設計の裏側
2022.01.12
Helixes Inc.のメンバーやそのマインドについて発信していく「Helixes.log」。
シリーズ30周年を迎えた人気マンガ『刃牙』の年間プロモーションを手掛けたHelixes。作中に登場する「ストロング イズ ビューティフル」からインスパイアされた「自分の好きを貫き通す」をコンセプトに、ファンアートコンテストや最強シーン決定戦など、既存ファンはもちろん、新しいファンも創出する施策を数多く実施し、刃牙の新たな魅力を引き出しています。
長期連載かつ、男性向け格闘マンガというイメージが強い個性的な作品の施策設計にあたり、どのような狙いをもって臨んだのか。企画立案を手掛けたプロデューサーの南浦、アートディレクターの松野、進行やSNS企画を担当したプロデューサー・松井の3人に話を伺いました。
意外な新規ファン層を掴んだファンアート企画
―プロモーションの概要について教えてください。
南浦 30周年を迎えるにあたって、出版元の秋田書店さんからプロモーションの企画提案依頼をいただきました。何社かのピッチを経て私たちの提案が採用され、1年間を通したプロジェクトを行ってきました。方向性を簡単に話すと、30代後半から50代男性のメインのファン層に楽しんでもらうことはもちろん、まだ刃牙を読んだことがない人たちにも、作品の魅力を様々な切り口から伝えていこうというプロジェクトになっています。
―新しい層に届ける上でどのようなコンセプトを設定したのですか。
南浦 「ストロング イズ ビューティフル」「強くあろうとする姿はーーーかくも美しい」という作中の言葉にフォーカスして、「自分の好きを貫き通す」をコンセプトに、様々なプロジェクトを行っています。代表的なもので言うと「刃牙異種創作技戦ッッ!」というSNSで展開したファンアートコンテストです。
このコンテストでは、イラストだけに限らず、コスプレやCG、映像など様々な表現手法で応募可能としました。これは、刃牙の題材にもなっている異種格闘技戦をモチーフにしています。花山薫がいて、渋川剛気がいて、ジャック・ハンマーがいる……ああいった世界観を、このコンテストでも再現したいという考えです。
―公開後の反応についてはいかがでしたか?
松井 7月に30周年プロモーションの情報を発信するポータルサイトを立ち上げて、ファンアートコンテストの開催も告知しましたが、初日からTwitterを中心にとても盛り上がっていました。熱量の高いタイムラインに刃牙の人気を肌で感じました。
2ヶ月ほどの募集期間でありとあらゆる種類の作品が集まり、入選者を決めるのはかなり苦労しました。面白かったのは、コアな男性ファンはもちろん、若い女性の反応もたくさんいただけたことです。すでに種が蒔かれていたということなんでしょうね。チャンピオン賞や各部門賞の上位入選者が女性だったことも、このプロモーションの狙いと重なって興味深い結果になったと思います。チャンピオン賞に関しては、板垣先生が直接「絵柄がいい」と選んでくださったんですよ。
―たしかに、刃牙が持つイメージとは異なる作品も多く入選していますね。
南浦 秋田書店さんともディスカッションし、このコンテストの「アンバサダー」として、多様なクリエイターの方たち数名に実際に作品を作ってもらったんです。これら作品はがあることで「どんな表現でもOK」というこちらの意図をより明確に伝えられるのでは、というねらいでした。いわば道標ですね。例えばuyumintさんのイラストは、これまでの刃牙のイメージや文脈ではなかなか見られない作品だと思います。
松井 今までにない刃牙のアート作品を世に出せるだけでも、新しい切り口の楽しみ方を提示できそうだなと感じていました。実際、アンバサダーのみなさんの作品に感化されてか、最近読み始めてコンテストに応募し、入選した、という人もいます。Twitterでもそうした人たちの作品が見られて、多くの共感を生むことができたのは良かった点ですね。
僕はもともと映像業界の出身で、SNSを主軸にした企画に担当として携わったのは初めてだったんです。応募してくれた方と、直接やり取りさせていただいた日々は、本当に感動の連続でした。ファンアートを通じて、作品を愛する人たちとSNS上で結びつけられるって、素晴らしいことなんだな、と。中には、わざわざ日本語のサイトを英訳してオーストラリアから作品を投稿してくれたツワモノのコスプレイヤーの方もいました。国を越えて広がる作品の魅力や強度に改めて気づかされましたね。
―SNSで参加を呼びかけるタイプの企画だと、その成否は「参加者がどれだけ盛り上がってくれるか次第」でもありますよね。不安はありませんでしたか?
松井 実はHelixesはこれまでにもSNS企画を多く手掛けてきているので、メンバーからその知見を共有してもらっていましたし、初日の盛り上がりもあって、開催期間中は不安を抱えることはなかったですね。ファンの方のおかげです。
南浦 「絵が上手な方でなくても参加しやすいよう、ハードルを下げる」というアイデアに関しては弊社の関連会社が運営するマンガレビューアプリ「comicspace」のメンバーのアドバイスも活用しました。結果を振り返ると、こうした方向性は間違っていなかったんだなと思います。
―ファンの愛情が強い作品だと、他者の表現や、ときには続編にすら「この作品はこうじゃない」というレスポンスが目立つ場合があります。今回はそうならずに、昔からのファンも、新しいファンも、年齢や性別問わずみんなが自由に楽しんでいる印象を受けました。
南浦 本当にそうなんですよね。それをより実感したのが、このプロモーションの一環で、SKY-HIさんにファッションマガジン「NYLON」のWebで刃牙愛を語ってもらう企画を行ったときです。この取材でSKY-HYさんは、「刃牙のキャラクターは個が立っている」というお話をされたんです。キャラクターの人格を丁寧に描いていて、勝ったときだけではなく、負けるときも個性が光っていると。めちゃくちゃ卑怯な手で勝ったとしても、それはその人の美学と人格が表れていることになるので、キャラクターの個性が分かりやすい。
だから、ファンのみなさんが「このキャラはこういうことをするよね」というイメージをある程度共有していて、そこから想像力を膨らませていったのかな、と思うんです。ファン同士での小競り合いみたいなことが起きなかった背景には、板垣先生による描き方やキャラクター設計に依るところも大きいのではないかなと。
現代的でひらかれたテーマ性を目指した企画設計
―作品の分析も含め、こうしたプロモーションの設計はどのようなプロセスで構築していったのですか。
南浦 「強くあろうとする姿はーーーかくも美しい」という言葉の背景には、最強を目指す中での葛藤や、自分自身を貫こうとする姿こそが美しく、魅力的であるという意味があります。作中でも「強さの最小単位は自分のわがままを通すこと」とも語られています。
そうした言葉に込められた意味に共感していたので、これをコアアイデアとしながら様々な切り口の企画を考えていきました。それこそ、各々が感じている刃牙愛、自分たちが持っている「好き」という感性を貫き通して企画を提案しよう、というところまで含めて、あらゆる軸として「自分の好きを貫き通す」を大切にしています。
ポータルサイトのデザインに関しても絵の強さが活きるようにしていて、カラー部分は原作の世界観に共通するものを使いながら、過度に漫画らしさなどを演出しないシンプルなページ構成にしています。その中で、作中の格好良い絵をレイアウトすることで、強く美しい姿を見せることにこだわりました。
―松野さんは、今回のプロモーションではサイトを始めさまざまなビジュアルを担当したそうですね。
松野 ポータルサイトのトップに出るキービジュアル、30周年のロゴ、あとはファンアートコンテストを開くときのビジュアルなど、根幹から細部のデザインまで担当しました。それと、まさに今開催中の最後のプロジェクト「最強シーン決定戦」のキービジュアルと、ティザー映像のディレクションも担当しましたね。
―刃牙の世界観を生かすために、デザインではどんな点に注意しましたか?
松野 ありきたりですが、「強くあろうとする姿はーーーかくも美しい」というメッセージにのっとり、刃牙特有の力強さをしっかりと引き出せるよう注力しました。小手先でふざけた感じにはしたくなかったです。キャラクター性や刃牙の突飛な世界観ばかりにフォーカスしたものではなくて、芯の強さや美しさがしっかり出るように工夫しました。
南浦 ポータルサイトに関しては先程話したようにシンプルさを重視しましたが、「最強シーン決定戦」周りのデザインは、少しガヤガヤしたテンションを足してもらっています。連載30年で築き上げられた1248話のエピソードの中から、好きなシーンを選択して投票できる、という企画です。
投票したシーンはコメントとともにSNSでシェアできるので、その投稿をきっかけにまた新しい人が刃牙に触れる機会にしたいと思っています。ですので、このプロジェクトのデザインに関してはガヤガヤした感じを多めに抽出して、世界観に分かりやすく惹かれてもらおうという狙いです。その中でも、強さ、シンプルさは失わないようにしています。映像も同じ考えで制作したので、ぜひ見ていただきたいですね。
強みは作品への深い尊敬、理解があること
―今回のプロモーション企画から伝えられる、Helixesの強みは?
南浦 ここ数年でHelixesのメンバーが一気に増えました。単純に人数が増えることによって、企画を考えられるアイデアの数、その切り口を検証する思考の数が増えたことが大きな強みになってきていると思います。このプロジェクトでもそれぞれの強みを活かしながら、足りないところを補い合って進められたかな、と。
あとは、何よりも扱う作品が好きで、かつ幅広い感性を持ったメンバーでチームを組成しやすい点ですね。今回のプロジェクトで言うと、コアファンである30代〜50代男性のことを理解しつつも、さらに若い世代に伝えるにはどうするか、という視点まで広げられるチームで取り組みました。若い世代に伝えるときに、音楽だったらこういうアーティストと一緒に組んだら面白い、話題になる、という感覚があるので、他社とは提案の深さに違いがでてきているのかな、と思います。
それと、ただ話題性だけを狙いにいくのではなく、作品と繋がるコンセプトをもったうえで企画を考えることも大切にしています。何度も触れている「自分の好きを貫き通す」のようなコンセプトを立てるためには、まず作品への深い理解が必要です。カルチャーや作品への尊敬の深さ、その種類が人数と比例して増えているからこそ、作品のコアと繋がるコンセプトの企画が生まれていく。これが、Helixesの強みなのだと思います。
松井 仕事だけど、自分の好きなものをさらけ出しても何の問題もない点がHelixes特有のカルチャーなのかな、と思います。社内のSlackで僕が自由に発表できる個人スレッドみたいなものがあって、自分はこんなものが好きで、こんな人間ですと書いても、とくに反応がないんです(笑)。でもそれが良かった。
―反応しないことがいいんですね。
松井 そうです、それが逆に居心地が良いんですよ。そうやって、各々の好きなこと・ものをさらけ出せるムードがあることが、提案のクオリティにも直結しているのかなと。企画を出すにしても、やりたいことしか提案しないという気概を感じます。今回のファンアート企画にしても、南浦がやりたいことが詰まっている。
―最後に、今回のプロモーションの今後の展開を教えてください。
南浦 3月の原画展に向けて、ファンの熱量を上げていくことが今回の年間プロモーションの大きな目標のひとつ。そのための最後の大きなプロジェクトが「刃牙最強シーン決定戦!!」です。先程も言ったように、全1248話の中から好きなシーンを投票できるシステムを、この企画のために作成しました。かなりギリギリまでどういう形での投票になるかは手探りだったのですが、狙い通りのものができたと思います。
松野 この企画の発表にあわせたスペシャルムービーもめちゃくちゃ豪華ですよ。Crossfaithとラッパーのralphにコラボ楽曲(「Gimme Danger feat. ralph」)を制作いただき、リリースに先立ってムービー内で使用しています。こちらも一緒に楽しんでいただけたらうれしいですね。
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Speaker
Sosuke Minamiura
Takahito Matsuno
Issei Matsui
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Interview & Text
Kentaro Okumura
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Edit
Mami Sonokawa
Kohei Yagi
Shiho Nakase
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