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社員インタビュー「maxillaを初期から支えてきた、2人のプロデューサー」

2020.12.18

Helixes Inc.のメンバーやそのマインドについて発信していく「Helixes.log」。

今回は、Helixesのクリエイティブ事業部であるmaxillaの初期からチームの成長を支えてきた、プロデューサーの鈴木聖也と、南浦聡介へのインタビューをお送りします。

大学時代からの友人である二人。鈴木は音楽制作会社、南浦はフリーランスのデザイナーとしてキャリアを積んでいく中で、maxillaにつながるポイントがどこにあったのか、そしてお仕事のやりがいなどについて聞きました。

Q.二人はいつ出会った?

鈴木聖也(以下、鈴木) 僕と南浦は大学の頃からの友達で、知り合ったのは18か19ぐらいかな。めっちゃ覚えてるんは、初めて喋ったのが大学のサークルのお試し期間の帰りのJRの電車の中やったはず。

南浦聡介(以下、南浦) やばっ、よう覚えてんなぁ。サークルが一緒やったんよね。服飾サークルで、作ることが好き!っていう人たちが集まってた。飲みながら服作って、締め切りに追われて徹夜して、またみんなで飲んでみたいな毎日を過ごしていました。

そのサークルではみんなでコンセプトを決めて、それに沿った思い思いの服を作ってファッションショーを企画するんやけど、そこで聖也はショーのテーマに合わせて音楽の選曲をして、僕はフライヤーを作ったりしてたんよね。

鈴木:僕は映像も服づくりもやってみたけど得意じゃなかったからね。思えばあの時が初めての選曲やったな。

Q.大学では何を専攻した?

南浦 学部は経済学部。デザイン環境インスティテュートという専攻で、ざっくり言うとデザインが経済や経営にもたらすこと、みたいな分野を学んでいました。

鈴木 僕は経営学部の国際経営学科っていう、英語でビジネスを学ぶ意識の高いところ。3キロの教科書を綺麗なまま持ってるだけのほとんど勉強しない4年間を過ごしました。

南浦 僕が入ったデザインマネジメントの研究室の先生が面白い人で、僕はこの先生にデザインのイロハを教えてもらったんやけど、ある日授業にゲストで作曲家の福島節さんが来ることになって。聖也に「面白そうな人が来るよ」って教えたら、のちの聖也のキャリアに繋がるっていう……。

鈴木 そうそう。今「Ongakushitsu」っていう音楽プロダクションをやってる、僕の師匠の福島節さんと、CMとかミュージックビデオの監督として活躍されてる長添雅嗣監督が2人で来たんやんな。もうめっちゃ「東京感」あるなって感じた記憶あるわ。DEXPISTOLSかなっていうぐらい派手な格好してて。

その二人の仕事の話がめちゃくちゃ面白くて、音楽の聴き方、映像の見方って意味でも衝撃を受けた。翌年に来はった時にも授業に出て「去年も話聞きました!」って、ベタづきで質問しまくって、授業の後のご飯会にも着いていって質問責め(笑)。そのおかげで福島さんに覚えてもらえたらしく、後日「絶対に入りたいです!」ってほぼラブレターみたいな履歴書を送ったら、しばらくして急に「来週からインターンとして来れるか?」って知らない番号から電話がきた。来週からって言うけど、その日確か木曜とか(笑)。まだ単位は取り終えてなかったけど、何とかなると踏んですぐマンスリー(マンション)を予約して、翌週から約1カ月弱くらいインターンさせてもらった。なんかほんまに、忍び込むような形で業界に入った感じ。

それから3年ほどその音楽プロダクションに勤めて、福島さんが独立される時に僕も辞めた。最初は福島さんの所に行くことも考えたけど、maxillaはその頃同世代の映像制作会社として話題になっていて、広告の仕事を受注して会社の規模を大きくしようとしていた頃で。それで広告寄りの音楽プロダクションに勤めている近しい人間っていうので、声を掛けてもらってね。

Q.入社の決め手は?

鈴木 当時は自分で案件を持ち始めたところやったから、予算が少なくてもやれることをみんなで最大限考えて物を作ることがすごく楽しかったし、もともと広告業界の中で「音楽プロダクション」という立ち位置で長く働くイメージが湧かなかったのが大きいかな。その点、maxillaは所属している人の職種の幅が広くて、いい意味で先が見えなかったから一緒にどうにでもなれると思ったし、そっちの方がおもしろそうやなって思った。

南浦 僕はもともとおもちゃが好きでタカラトミーとかバンダイみたいなおもちゃ業界に行きたいなぁと思ったんやけど、やっぱり直にデザインに関わりたくて、研究室の先生に「どうやったらデザイナーになれますか?」って聞いたら「名刺に“デザイナー”って書いたらデザイナーになれるよ」って言わはったんで、そこからバイトもしつつ、半分フリーランスのデザイナーって感じで活動し始めた。

それからしばらくして前出の長添さんと飲んだ時に、東京に来る気はないのかと聞かれて。「あんま考えてなかったっす」って答えたら「(一番になるんやったら)1回は東京来ないと」って言われて、なるほど、と。

当時はwebとかロゴ、エディトリアルのデザインをしてたんやけど、本当はもともと好きだったアニメとか漫画に関わるデザインがしたかった。で、その界隈で面白い人たちを探していくうちに、まだ同人誌として「界遊」を出してる頃のKAI-YOUを見つけて。当時ネットカルチャーと現代思想の界隈が近くて攻めていた頃で、めちゃくちゃ面白そうって思った。KAI-YOUと仕事をすべく東京に出て来て、仕事をするようになりました。

あと並行してやってたのは、報道番組のグラフィックを作る会社でのバイト。オンエアの30分ぐらい前にグラフの紙資料をもらって、数分前に提出!っていうのを、お腹痛くなりながらなんとかこなすっていう(笑)。

その後も1年ほどフリーランスで、遊んだりものづくりを一緒にする仲間と知り合っていきながら、皆で仕事をしてた感じでした。それである時、maxillaの八木ちゃんから、お誘いをもらったんです。

その時のmaxillaはMVを作りまくっていて、少しずつウェブサイトや企業のPVの相談が増え始めていた頃。最初はウェブサイトの制作を個人として引き受けたんやけど、何度かお仕事をさせてもらううちに一緒にやらないかと言われて……でも、そのまま1年ぐらいはそういう関係のままでした。

というのも、フリーランスでいるのが楽しかったし、映像のプロデューサーになるイメージが湧かなかったんです。デザインに関わりたいとずっと思ってたから。一方で、maxillaの仕事も面白そうやったし、メンバーにも魅力を感じていて……。っていう迷いがあって悩んでたんやけど、結局、自分だけでは描けない大きな仕事を皆と一緒に作りたいな、って思ったのが一番のキッカケやったかな。maxillaでもデザインやウェブの仕事ができるし、むしろ彼らとしてはそうやって仕事の幅を増やしていきたいってことで、そこも一致しました。

Q.maxillaでのキャリアで特に強く覚えているお仕事は?

南浦 プロダクションワークでいうと、Airbnbが日本に参入した直後に声を掛けてもらったお仕事。当時の民泊*(短期賃貸)って「旅館業の売上を守りたい人の脅威」ってイメージが先行していたように思うんです。民泊は、地域コミュニティに悪影響を及ぼし得るというような…。なのでこのお仕事では、そのイメージをどう良くするかがミッションでした。それまで僕は民泊についてあまり知らなかったんやけど、Airbnbの人たちと話すうちに、シェアリングエコノミーの精神を知ってめちゃくちゃ面白いと思ったし、彼らが熱い思いを持っていることが分かって。

Airbnbワークス

「イメージを良くする」といっても認知度の向上を目的とするのではなくて、行政に対して彼らが日本で目指す方向性を示すことが目的。日本が抱えている空き家問題の課題解決の側面を持っていたり、素敵なホストさんがたくさんいらっしゃって地域活性化に力を入れていることだったり、ただ短期的な賃貸を目的としてやっているわけではないんですよ。というメッセージを伝える必要がありました。

実際に撮影に行って感じたことは、「人は、その土地に居る人たちに会いに行くんだ」ということ。「どこに行くか」っていうことももちろん大事やけど、「誰と行くか、誰と遊ぶか」も同じくらい重要だったりしますよね。だからそれをより伝えられるような映像を目指しました。その後も、住宅事業法案が定められる時期までに、国レベル、地方レベルで様々な取り組みを整えられるよう一緒に働きかけていきました。規制が厳しいままの場所もありましたが、前向きな場所も出てきたりしたので、やってよかったなと思っています。

鈴木 記憶に新しいのもあるけど、やっぱりSUUMOの案件でAAAMYYYさんにオリジナルで書き下ろしをしてもらったお仕事かな。別の記事でも取り上げてもらったけど、仕事のプロセス、完成した作品のクオリティ、そしてCMサイズの楽曲だったのがのちにフルサイズでリリースされる、という流れまで含めてすべてが良かった。

思い描いてた理想の制作プロセスを踏めて、上がりもいいものができたと思っているし、社内で音楽プロデューサーの立ち位置でいる意義を改めて感じられた仕事でした。企画の段階からディレクターと音楽の考え方を決めていくことで、楽曲が作りやすいだけではなく、アウトプットの質に繋がったという実感もあった。

Q.このお仕事のやりがいは?

南浦 やりがいというか、やっぱりリスペクトをし合うのは大事やなって思います。クライアントとも、僕らがお願いするアーティストやスタッフの皆さんとも。それぞれの信頼関係がしっかり成り立っていて、お互いがその期待に応えていくっていう共鳴が大事なんじゃないかな。

鈴木 信頼関係があれば一体感も生まれるからね。で、一体感があった案件はだいたい上がりもいい。その意味で言えば、信頼できるスタッフや仲間と仕事をするっていうのが僕にとってはやりがいかなって思う。仕事の性質じゃなくて、誰とやるか。

南浦 そうやね。Helixesに居ながら仕事をしていると、そういう人に出会いやすくなるっていうのはいいところであるかも。フリーランスで一人で試行錯誤していた時と比べて、信頼できる仲間が増えたのも、結局社内の誰かのつながりであったり、何かの案件を経て紹介してもらったりするから。

鈴木 特に初期のメンバーはなんでもかんでも自分たちでやってたから、美術さんに初めてお願いしたときは感動したもんな。プロはすごいんやなって。自分たちで手を動かしてやってきたからこそ、プロフェッショナルに出会った時の感動が大きいし、やっぱりそこはリスペクトしかないなって思う。

  • Speaker

    Seiya Suzuki
    Sousuke Minamiura

  • Interview & Text

    Kentaro Okumura

  • Edit

    Mami Sonokawa
    Kohei Yagi

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