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「全部一人で作りたい」の殻を破り、ディレクターとしての武器を手に入れるまで|神谷雄貴(maxilla)

2021.06.21

Helixes Inc.のメンバーやそのマインドについて発信していく「Helixes.log」。

今回はHelixesのクリエイティブチーム・maxillaに所属する映像ディレクター・神谷雄貴に、自身が影響を受けた作品や人物、これまで手掛けた作品での経験などを語ってもらいました。

もともと黙々と一人で作業することを好んでいた神谷は、maxilla に参加してから多くの人と関わりながら制作を行うディレクターとしての道を歩む決意をします。多くの作品や人物の影響を受けながら、クリエイターとしての「武器」を身に付けていった半生を追います。

広く知識をつけることが生存戦略だった

映像制作に興味を持ったきっかけを教えてください。

一口に映像といってもいろいろありますが、学生時代から一番興味があったのはアニメーションでした。もともと絵が好きで、そのうえ絵が動くアニメはすごい!くらい単純な考えからです。高校3年になって部活を引退し、みんな一斉に受験勉強をしはじめたときに、好きだった「もののけ姫」の絵コンテをひたすら模写してたんです。

その頃はアニメーションに関わる仕事をしようと考えていたのですか?

いえ、それが絵を描いてお金を稼ぐ職業に就くという発想がありませんでした。野球が好きで素振りはしてみるけど、プロの野球選手になれるなんて露程も思わないのと同じで。諦観以上に視野が狭かったというのもあります。当時は周りと共にとりあえず大学に行くことしか頭になくて。

―大学時代は何か制作活動をしていましたか?

大学に入って興味を持ったのはグラフィックデザインとイラストでした。高校から仲の良い友人にusiというイラストレーターがいて、彼は芸大に進学してから、学生ながら小説の表紙とかイラストを中心にガンガン仕事をし始めたんです。一方の自分といったら本っ当に情報弱者で、パソコンで絵が描けることすら知らなくて…。彼からAdobeソフトやペンタブなどのツール、SNSなどネット上での活動場所も教えてもらいました。芸術とは縁遠い進路を進んでいた自分にとってusiの活躍はとても魅力的で、彼にならってクリエイター系の道に舵をきります。

学生時代の神谷のイラスト

まず、ものづくりを学ぶために転部して、山中俊治教授によるプロダクトデザインの研究室に入りました。そこで「デザイン」が表層的なスタイリングのみを指す言葉ではなく、客観的根拠に基づく設計の意味を持つことを学びました。そしてデザイナーはそれを両立することで、領域に囚われず専門家間のハブになれる存在であることも知りました。専攻は立体設計の分野でしたが、僕は平面的なデザインが好きだったことに加えて心地よい「動き」を考える、ということをしていて。そのあたりからモーショングラフィックスへの興味につながり、いろいろ手を出し始めたんです。

―クリエイターの友人や、デザイナーの先生に大きく影響を受けたんですね。

そうなんです。このタイミングで「目的に応じて、必要な知識や技術はできる限り学ぶ」という行動理念の下地が醸成されます。領域に縛られずにものづくりできる人になりたいと思うようになりました。こと吸収力の高さには誰より自信があったので、幅広く知識をつけることは効率的な生存戦略でもあって。モーション、3DCG、CAD、エディトリアル、Webなど、卓上で学べる範囲でいろいろ勉強し始めて、どんな戦場でも戦えるように多くの武器を蓄えていた時期ですね。専攻そっちのけで全く良い生徒ではなかったのですが…。

maxillaに参加したのは、どのような流れだったのですか?

大学卒業後に1年ほどメディア系の会社でデザイナーをしていたのですが、そこで同僚の南浦と出会い、彼とともにmaxillaに誘われたんです。「maxillaだったら、デザインでも何でもできると思うよ」みたいに代表の志村に言われて、歳の近いメンバーの少数チームへの魅力もあり、二つ返事で参加しました。

この頃はイラストレーターをしつつ、総合的にグラフィックをコントロールするアートディレクターになるつもりでいたので、映像ディレクターをするつもりはありませんでした。 ただ当時maxillaは実写映像を中心に制作していて、僕にも実写の仕事が振られまして。それ自体はやぶさかでもなく、周りのやり方を見て、見よう見まねで実写の映像作りを覚えていきました。

ただグラフィック、イラスト、Web、モーション…に加えた実写を満遍なくやっていたために、映像に関わる割合は言うほど多くはなくて。器用貧乏な状態ではあったので、最初の3年くらいはどこを目指すべきか悩んでましたね。

Direction / SONY – BRAVIA Design philosophy
Art diretion, Design / MTV VMAJ 2017 Blanding
Direction, Design / SPACESHOWER TV “THE PLAYLIST”

自分のスタイルを模索している時期とも言えますね。

そうですね。そんな風に徐々に映像案件に関わっていくうち、映像というのは本当にいろいろな人が関わる総合芸術だということを知りました。これはアニメも同様ですが、画作りのためには多くの知識と技術が必要で、カメラマンや照明さん、制作部に衣装や美術さんなど、作業が細分化されています。映像作品のクレジットにずらっと並ぶ役職の意味をあらためて理解しました。

否応なく多くの人と関わる実写の映像制作には苦手意識もありましたが、3年も経つとある程度慣れてきて、むしろ映像ディレクターというのは意外と手持ちの武器を効果的に生かせる職業かも?と思い始めました。広範囲に考えを及ぼすことは得意だし、それまで身につけた知識も無駄にならないと思えたんです。

自分の道を見つけるために必要だったプロセス

契機になった作品があったのですか?

まず、先述の流れもあってしっかり映像監督業もしていこうと思い始めたのが2018年前後、ちょうどmaxillaの母体としてHelixesが設立されるタイミングですね。そのあたりから翌年頃にかけて良いきっかけになったなと感じる仕事が2つあります。

1つ目は以前の記事でも語ったのですが、はじめて関わったTVアニメである『ダーリン・イン・ザ・フランキス』OP制作です。このお仕事自体はデザイナー・モーションデザイナーとしての関わったものですが、一部とはいえアニメ制作のプロセスを間近で見られてかなり勉強になりました。以降色々とアニメ作品に関わる機会に恵まれまして、この時の経験が現在進行中のプロジェクトにも大きく繋がっています。

『ダーリン・イン・ザ・フランキス』OP映像

2つ目は乃木坂46の映像制作です。乃木坂46は過去多くの著名な監督や作家がクリエイティブに携わってきたグループで、いわゆる「アイドル」モノではない挑戦的な作品も多く、とても注目していました。いつかお仕事で関わりたいなと思っていた矢先のオファーだったので、万難を排して引き受けました。「滑走路」という楽曲で初めてMV監督を担当したのですが、これが当時の自分にとっては撮影規模が大きく、未熟さを痛感させられるもので。ただ結果的にこの作品から得られたものは多く、今のお仕事に続いていて、思い入れが深いです。

乃木坂46 若月佑美 個人PV「Carmine」/ 乃木坂46「滑走路」MV

先ほどお話した通り、アニメでも実写でも映像制作にはたくさんの人手が必要で、想像していた何倍もお金や時間がかかる。しかしそれと同時に、一人では到達できない表現や作品が作れる面白さがあって。それをこの頃から強く感じはじめたんです。

―ほかに印象深い作品があれば教えてください。

では最近のものを。2021年に担当した3つの映像を紹介します。

1.「第1回 ONE PIECEキャラクター世界人気投票 PV」

「ONE PIECEはやっぱりバトル漫画なので、カッコいいアクション映像にしてほしい」という尾田先生の意向に合わせて、漫画のバトルシーンをモーショングラフィックスで動かした作品です。こういう漫画自体を利用したモーション作品はよくあると思うのですが、元からとんでもなく絵力がある作品だということに加え、BGMはCrossfaith書き下ろしの楽曲だったので、余計な文字要素とかを排除して「シンプルにカッコよさでぶん殴る」意識で作りました。

2. 崎山蒼志「そのままどこか」MV

楽曲を聴いた人の「回想」を描くというコンセプトで、崎山さんの地元・浜松にて撮影したMVです。楽曲から受けた画のイメージを素直に表現させてもらえたMVで、現場でも編集でもほとんど悩むことなくスムーズに完成させることができました。思った以上に評判がよくて、あらためてエモーショナルな映像を撮るのは好きだなと思わせてくれた作品です。

3. 乃木坂46「全部 夢のまま」MV

夢をテーマに、楽曲センターを務める与田祐希さんが体験する不思議な世界を表現したMVです。与田さんは2017年の「逃げ水」という作品以来のセンターで、不思議な屋敷に迷い込むという前提から細かい要素まで、「逃げ水」のMVに対するささやかなオマージュがあります。

「逃げ水」は山岸聖太監督による非常にシュールな世界観のMVで、大アイドルグループのMVがこんな自由で良いんだと、当時映像を学び始めの自分にとって衝撃的で…かなり好きな作品なんですよね。なので与田さんの「逃げ水」ぶりのセンター楽曲MVを担当させていただけたのは、感慨深いです。

自分の武器を活かせる戦場がHelixesにはある

―多様な能力が武器ということですが、その中でも神谷さんの強みが発揮されるポイントはありますか?

ディレクター自体が総合力を要求される職業ですが、Helixesにおける仕事は映像制作に限らないので、武器の多さやそれによる対応力が役立つ場面は多くあります。そういう強みがあってこそ、いろんな案件の様々な課題に対してもどうにか立ち回れているんじゃないかなと。クリエイティブを担うディレクターとしては、ビジネス目線も含め高い視座から物事を考えられるように今後も精進していきたいですね。

maxillaからHelixesというより大きな組織になったことによるメリットはありますか?

Helixesになって、本来代理店が受け持つような機能を有する部署が新設されたことで、クライアントに対してより上層で密な戦略支援とブランド設計が可能となりました。これは要はクリエイティブの選択肢がめちゃくちゃ増えるということで、「maxillaに入ったらいろいろできるよ」と言われていた約束の土壌が、ようやくできてきたという感じです。

あとは、領域に囚われず、プロジェクトベースで目的に応じた知識や技術を身につける風土があることが自分のスタイルともシナジーが効いてる気がします。職能はたいてい基礎から応用と縦に積み上げてくことが普通だと思うんですけど、Helixesでは各々が必要なときに必要なことを柔軟に学んで、仕事に生かせている印象があります。だから人材や交流範囲も幅広くて。色々手広くやってみたい人にとっては面白い会社なんじゃないかなって思いますね。

  • Interview & Text

    Kentaro Okumura

  • Edit

    Luna Goto
    Kohei Yagi

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